[対談] 震災と日本のフラジリティ

震災と日本のフラジリティ(2) 「平時と有事の境をまぎらかす」

東北に回されてきたツケ

矢萩邦彦(以下、矢萩):このあいだ僕たちの団体で一般の方を招いた報告会をしまして、そのときお父さんとお母さんが被災してしまった岩手出身の仲間が話したんですね。そして、質疑応答の際に、岩手に住んでいたことのある人が手を上げられたんです。「よそ者がズカズカ入ってこないでほしい。とにかくそれが嫌だし、復興は望んでいない。復旧で十分。元に戻りさえすれば良い。ホントによそ者が余計なことしないでほしい」。ということを声を張り上げて主張されていました。僕たちの中に岩手出身の人間がいないなら、その意見はよく分かるのですが、岩手の人間[*1]が行ってやっていることに対して、そういう意見が出てきたことにものすごい溝を感じたんですよ。

松岡正剛(以下、松岡):もう一つ話すと、柳田國男[*2]が『遠野物語』を佐々木喜善[*3]から聞いて、そして日本の民俗学が始まったんだよね。ところが、佐々木喜善が語っていることと柳田が書いたことは違うんですよ。大体同じことは書いているんだけど、その解釈と、それ以降の民俗学の考え方は違っていて、その後柳田は『雪国の春』というものを書くんですが、瑞穂の国、つまり稲穂が実る豊かな国がこんな北のね、雪国の中にもあったと。これは、御田から天皇の穀をもった稲穂の国が、津々浦々北のここまで来ているんです。というような、「一国民俗学」というんですが、柳田の民俗学がそこで確立して、これは農政省のプロジェクトでもあったわけだけど、そのときに東北全体が稲作常民の国家の一つであるような調査報告研究を確立したわけです。これに対して、折口信夫[*4]、宮本常一[*5]といった人が、そうじゃないんじゃないか、ということで、沖縄とか見るようになって、東北と琉球と全然別だと。例えば、東北はアキタコマチとかササニシキとか今はありますが、もともと長らくは雑穀なんですよ。マタギでしょ。漁労でしょ。マタギ[*6]と漁労は御田からの稲作の民とは違うわけです。しかし、陸羽132号のような有名な稲が東北に生まれて、それを品種改良して、ものすごい努力をして、おいしいお米を東北は作り上げてきたんだけど、それは柳田が言うような農政学的に同じ日本の国土を作るというような部分の行為ではなくて、ホントに東北人の独自の努力なんですね。ホントにすごい努力をしたので滅茶苦茶おいしくなったわけですし、日本中が買い、中国でも高い値段が付くようになった。こういう日本のフォークロア[*7]っていうのは、民俗学的な国家観からも東北はズレている。深い。難しい。

矢萩:陸羽132号からあの「農林一号」が生まれたんですよね。コシヒカリをはじめ現在日本中で食べているほとんどの米の源流は東北で生まれたと言っていいわけですが、日本と東北のズレというのは意図的にズラされてきたんでしょうか?

松岡:最初に、大和朝廷から弾かれたことが千年の蓄積になっているんですね。ズラしたかったわけではないと思うよ。それで、今の原発のあるところは、福井だったり六ヶ所だったり、柏崎刈羽だったり福島だったり、それは高度成長と日本列島改造のもとに作られた科学技術長官で原子力委員長になった時の中曽根・田中時代以来の組み立てなので、全部そういう辺境、というとマズイんだけど、そういうところにあてがわれていったわけ。東北というものに、たくさんの日本と日本人がしなかったことのツケが回っているんだよね。

日玉浩史(以下、日玉):東北独立かな……。

松岡:それもあるんだよね。

矢萩:僕は一番それが心配だったんですが、独立した方が良いことというのは何が考えられますか。

松岡:経済的には大変だよね。北海道があるから、やっぱり東北4県とか新潟までとか、どこまで入れるかにもよりますが、前に岩手の増田知事の時に、浅野史郎知事が宮城県を出たときにそういう話があって……。

矢萩:3県くっついて東北州にするって計画がありましたよね。

松岡:ありましたね。でも、相当大変だろうね。僕は、東北だけじゃなくてもうちょっと色々で独立か連邦制か名前はどうするかは別として、新しい日本の形態に進まないと無理だと思いますよ。

自衛隊というヒトの活動

日玉:独立とかの話ですが、自衛隊が今ものすごく頑張っているじゃないですか。相当、限界超えるくらいに。

松岡:誰もちゃんと評価してあげていないよね。

日玉:それで、今回現地の子供とかは、自衛隊を見ていることもあって、将来自衛隊に入りたいとか言う子供が増えてきている。

矢萩:そうですね、現地に行けば圧倒的に自衛隊の人が動いてますからね。

日玉:しかも遺体の処理とかもしていて、それで彼らも相当心身に限界が来ていて、そういう状態になっている今、「東北で蜂起するぞ!」となったら止められないと思うんですね。

矢萩:そういう話をすることが、みんな荒唐無稽だと思っちゃっている。でも、そういう可能性があるということを想定だけでもしておくことが大事だと思うんですよね。

松岡:そうそうそう。

日玉:ありうること。人間としていられる仕事の限界ギリギリ。しかも集団で、統制がしっかり取れている人たちが、それに向かってキツイところに立たされているということは、ありえないことでもないから、そうなったら独立させてあげた方が良い。

矢萩:自衛隊の方々も機械的に動いているわけではないですよね。例えばアルバムや写真というものがあったら丁寧に丁寧に拾い上げているのも自衛官の方々です。心があるわけですから、そういう風に思ってもおかしくないはずなんですよ。

松岡:ちゃんと手を合わしているしね。

日玉:そういうことも考えると、独立云々というのが具体的になるかは分からないんですが、東北の、現地のことをちゃんと見て、伝えられる人、ちゃんと東北自体を掘り返したりするのも早急にやらないといけないと思います。

矢萩:東北の方々がやるのが一番なんですよね。

メディエイターを必要としない東北・沖縄

日玉:そう、それだけだと十分でないというか、伝わりにくいというか。長年の、千年の恨みつらみもあると思うので、共同で外部の人と一緒にやるということが、混ざっていくことでないとダメだと思う。その為には人と人とのつながりがドンドン始まっていくようなことが起きる必要がある。Eメールのやり取りはスピードとしては良いんですが、情報量としては少なすぎるんですよね、めんどくさいし。やっぱり、人に会うのが一番早い。矢萩さんのところも、そういうことをバネにして、色々と企画とか、目的を見つけてつなげていくとかした方が良いのかもしれないですね。さっきも矢萩さんが言われましたが、たとえ内部出身の人でも、一回外部に出た人が帰ってくるだけでストレスになるということもあるだろうから、その中間支援というか、間に入って何とか人をくっつけていく、そこから有機的な何かを生み出していくというのが大切なのかもしれない。

松岡:それがね、あそこはメディエイター[*8]が一番いない地域なんですよ。日本全体の中でメディエイターなしに、直に土地や海から立ち上がっているのは東北と沖縄なのよ。沖縄もメディエイターなんていらない。東北は三沢基地があるけれども、沖縄はもっとたくさんあって、それが半分軍事化されているわけですよね。そこで自衛隊が頑張るんですが、自衛隊は軍事なき支援だから、やっぱり立ち上がろうとするとアメリカ軍というものとぶつかっちゃうわけですよね。ところが日本はそこを上手に、沖縄モデルと、東北モデルというものを使って、封印してきちゃったんですね。

日玉:そんな所ばかり上手にやってどうするんでしょうね。

松岡:僕はどこかで発言したけれども、今回の復興や復旧や再生は東北モデルと沖縄モデルを同時に考えた方がいい。同じくらい困難なんだけど、困難な問題を考えろと、引き受けなさいと。普天間もそうだけど、沖縄をずっと詰めていくと、日米軍事同盟の中であることと、沖縄県民の考え方・生き方というものはハイブリッドに作られているわけだから、どこかでハイブリッドの間みたいなところが切れてくるんですよね。飛行場の長さとか、海底のサンゴ礁だとかでも切れてくるし、交付金や支援金がどうなっていくってことでも切れてくるし、海兵隊のような東アジアの安定なのかとか、圧迫なのかはわからないけどそういうものとも繋がっている。東北というのは、北海道の北方四島が残っていますけれども、やっぱりそういうものの中の北東アジア圏全体の軍事に組み込まれていますから、そうすると自衛隊が頑張って何かしたくても、そことぶつからざるを得ない、もちろんそういうことを考えないでやってしまっても良いとは思いますよ。

日玉:あとは、これはホントにアイデアだけなんですが、例えば自衛隊、軍事力を使えないわけじゃないですか。結局、あの規律、統制、システムをどう他のところで使えるのか、もう少しこういう災害時以外の、普通に人が感じられるような、日常的に感じられる場所に使えるのか。もしかしたら農業と絡めて、彼らの活動と並立させたらいいんじゃないかというような話を漠然と友人たちとしていたんですよ。それこそ吉里吉里人のような食料自給率100%、あそこの場合は医療だったり、いざとなったら土木関係とか、今回もインフラもあっという間に整えてしまったし、その能力を農業にも、産業にも使えるんじゃないかと思うんです。

松岡:そういう可能性が高い一種の組織力とか統制力とか、日本への愛とか、そういう所から行くと、農業、漁業、自衛隊というのは重なるところがあると思うんだよね。思うんだけど、なぜできないのかというと自衛隊は、災害法に基づいていて、生産や管理だとか生活に関与しないんですよ。まあできないというところがあって、被害の対策のための巨大要員で、その時動ける組織力のある集団はヤクザくらいなもの。

日玉:結構活躍されているみたいですね。

矢萩:阪神淡路のときも活躍していたようですね。

松岡:そういうのも含めてもっとこの話を考えると、平時と有事という問題を考え損ねたんですね。平時の中をコンプライアンスでフラットにして、そして犯罪だとか何かはっきり被害が出たところだけでセーフティーネットをつくるとか、失業保険を作るとか病院を建てるということで、それは本来有事のときのための訓練であるはずだし、有事のモデルであるはずなのに、平時によって統計的な平均点を作って、有事を全部外側に出しちゃったわけ。有事の一番外側に日米同盟があるから、有事っていうのは日常の中で編集がきかないモノになってしまって、制度的なことしかできない。自衛隊もやれることとやれないことと全部線引きされていて、その中でしか組み立てられない。そうすると、有事のときにものすごく弱い国を一生懸命作ってきたということになる。その有事のもとはアメリカ軍ですから、日米同盟ですから、本来は有事のための自衛隊が平時では使えなくなるわけです。

矢萩:フラットなのは中庸であれば良いと思うのですが、全く中庸でない。

松岡:そうですね、中庸でもないし、組合せ、アソシエーションがないんです。出入りがない、ピシャーっと分かれちゃっている。

日玉:システム自体、システムと思われているものが、システムとして機能できないように、できない方向に作られているような気がします。

矢萩:例えば、先ほどのお話のメディエイターだとかを、今東北や沖縄に入れるであるとか、作るであるとかということは可能でしょうか?

松岡:可能だと思います。ただし、それには今までの制度ではない、レギュレーションではないモノも作りあげないといけないです。

矢萩:まず制度からですね。

松岡:そうそう、それか制度を無視して、民衆の力の中で自発的に創っちゃう。

矢萩:とりあえず僕らは草の根的に入り込んでいる組織なので、やはり制度からというのはとても難しいんですね。もちろん同時に考えていかなければいけないんですけども、僕らみたいな集まりが、現地または後方で何ができるのかっていうことをもっと具体的に考えていかなければいけないな、ということを考えていて。

松岡:編集学校の例で出すと、編集学校というのはそれぞれが主婦であり、会社員であり、ダンサーであり、どこかに所属していて、組み合わさって、その上でポリロール[*9]で動いているわけでしょ。例えばこういうところでは、もっと大きい仕組みがないとそれを全部もとへ、平時へ戻しちゃうと、全部結局ね、会社の失業保険がどうなっているのか、農業としてどのくらいの税金を納めているのか、地代はいくら払っているのか、今の国家が決めているモノに全部戻っちゃうわけです。新しいメディエイターが必要だとすれば、ポリロール型か、つまり今までのレギュレーションに引っかからない、あるいは引っかかったとしてもそれはちゃんと普段やってますと、あとの何かでやっているんですと。

矢萩:そのポリロールを許容する文化って言うのは関東にもないと思うんですよ。そこをなんとかできたらいいかと思っているんですよ。

日玉:東北を最初のモデルにしちゃえば良いかも。

矢萩:ポリロールであるというだけで、あんまり信用してもらえない傾向があります。例えば僕たちはこれからボランティア活動を続けていくにあたって、日常の中にボランティアという活動が入らないと意味がないわけです。別に普通に生活しているよ、仕事もしているよ、でもボランティアもしているよ。そういう状態が普通の状態になっていないと続かないと思うんですね。そして、今回は特に続けないといけないと思います。そういうモデルをやっぱり提示することというのが、これからのボランティアに必要なことなのではないのかと考えています。

松岡:ゲバラ[*10]なんかは、ボランティアじゃなくてゲリラの話になるんだけどね、どう考えたかというと、キューバやベトナムを、ボリビアを各自の地域に持てと言ったわけね。いちいちキューバに来なくていい、ベトナムに行かなくていい、でもどこにでもベトナムはあるだろうと。反戦を、そういうのを各地に持てと。ということは、東北の今の問題を日本全土が、世界がどう分有するのか、さっきシェアって言ったけどそれがゲバラの思想なんですよね。一方で、人種問題というのがあって、黒人は全世界にいるわけでしょ。当然アフリカだけではない。でも黒人を取り上げるには、国家のレベルではなくて、ポリカラーなわけ。もう二重、三重目が黒人であったり、白人であったりするわけですよね。ホワイトはWASP[*11]のように制度化したわけですよ。ナチスもそれをやったわけですよね、アーリアやゲルマンとか。そこの一致しているものに合わせてグローバリゼーションが起こって日本がそこにハマっちゃったわけだから、そこから何かを抜き出そうとすると、今はゲリラも黒人もイスラムも、これ宗教、信仰ですよね。ポリロールです。ロールというかポリイデオロギーというか、ポリソートというか。そういう何か”あるもの”が、グローバリゼーションの中にいながらも浮上できる、そういうモノが今までは世界を組み立ててきたので、日本にとってそういうモノが一体なんだったのかということをもう一度問い直さないといけない。でも、それが一切政教分離から始まって、フラットにされてきたから……

矢萩:取り戻すための……

いかがでしたでしょうか? 中々普段お目に掛かれない「ヤクザ」なんて単語も登場し、驚いた方もいらっしゃるかもしれません。しかし、日本の制度では「有事(戦時)と平時」の境界線が分かれてしまっているために、越境ができない。排中律で構成される法律の下でしか動けないというのは、実はあれだけ活躍された自衛隊の方達も同じだったようです。簡単に言うと、崩壊しかけた家に住人が取り残されたとします。その時助けに入った自衛隊員は下手をすると住居不法侵入と言われてしまう。こういうことなんですね。助ける側だって臨機応変に対応できないことになりますから、とても危険なことです。普通に考えて何をバカなことをと思うことが、法によって強制されてしまっている。すると法の外に生きている方々が活躍するわけですね。

どこのメディアだったか忘れましたが、助けに入ったボランティアの方がガス欠になり、津波で流された車からガソリンを抜き取ったと書きたて、ツイッターやFacebook上で「そんなのセーフだろう!何言ってんだ!」という声が上がっていたことが思い出されます。確か、某テレビ局も3.11被災地の映像を、YouTube上に無断でアップされたということで削除要請していた記憶がありますが、これも似たような話ですね。超法規的措置をすべきと国民に訴え、許可を取り、政治家はそれを受けて胸を張って行動する。そうなるはずが、むしろブレーキを掛けた形です。加えて、原発関係の話は外国メディアの後塵を拝することが間々あり、当然、国民の不信感は膨らむばかりです。

これからの日本を考える上で示唆に富む話がこれからもたくさん出てきます。この鼎談を読んで、自分なりに思考を巡らし、何が必要で何がダメなのか。一人一人が意見を持ち、いざという時に声を上げられるようにならなければなりません。ぜひ、今後も続けてお読みいただき正解のない世界に思考を巡らせていただければ幸いです。また次号でお会いできることを楽しみにしております。

(写真=安田菜津紀 / 編集=笠原正嗣)
  1. 佐藤慧は岩手県陸前高田出身です。
  2. 柳田國男 (1875-1962) 民俗学者。現存する文章だけで郷土を調べようとする文献中心主義を批判し、地方・郷土に住む一般階層「常民[じょうみん]」の生活文化とその歴史を知るためにフィールドワークを徹底し、研究した人物。主著に東北地方の伝承を記録した『遠野物語』や各地域でカタツムリがどう呼ばれているのか、その差異に注目し方言周圏論を提唱した『蝸牛考』がある。
  3. 佐々木喜善(1886-1933)。岩手県遠野市の出身で祖父が語り部だったこともあり、「日本のグリム」と称されるほど多くの昔話・民話・伝説・伝承・習俗を収集し研究した。座敷童などが有名。柳田との対話を行い、柳田が「訛りが強く聞き取りにくかった」という言葉を残している。主著『聴耳草紙』。
  4. 折口信夫(1887-1953) 民俗学者・歌人・詩人。柳田國男の高弟で、民俗学の基礎をつくる。民間伝承(特に沖縄におけるフィールドワーク)や記紀から「マレビト・客人・客神」論を提唱。マレビトとはこの世ではないところからやってくるモノのことで、神や霊など異人を指す。神が移ろうモノであることは神無月(出雲では神有月)からも想像に難くない。柳田はマレビトを認めなかった。主著『死者の書』
  5. 宮本常一(1907-1981) 柳田や折口より少し後の時代に活躍。戦前~高度成長期あたりまで日本各地をフィールドワークし続け情報を集めた。漂白民、被差別民、性などの問題を重視し、別の視点から民俗に切り込んだ。主著『忘れられた日本人』
  6. マタギ 山の民、山立。東北以北で昔ながらの方法を使い狩猟をおこなう人々のこと。
  7. フォークロア 古より伝わる口頭伝承や風習、文化。
  8. メディアとなるモノ。中央政府との間に入って交渉などをし、サポートしてもらうのが日本の基本的な社会構造。現在道州制などが叫ばれているが、これは現在中央に権限が集中し過ぎているためで、地方が何かを行おうとしても一々お伺いを立てなければならない状況を打破しようとしていると言える。ザックリ言うと、各道州でそれぞれ決めて動いてしまえるように分権化、権限移譲を進める動き。中央集権と道州制のメリット、デメリットを調べてみて、ぜひこの機会に考えてみましょう!
  9. 松岡さんの造語。「ポリ-」は「複合、多重」などの意で、「ロール」は「役割」。これもやってるけど、あっちもやってますというように一人で複数のことを行っていること。名探偵ホームズがバイオリニストでもあるようなイメージ。日本では専門化、一つのことを徹底してやっている方が美徳とされている節があり、逆に色々と手を出している人に対してネガティヴな印象を持つ人が多いようです。
  10. チェ・ゲバラ(1928‐1967) キューバ革命の指導者であり、政治家。南アメリカ諸国を始めとする第三世界でカリスマ的な存在。
  11. WASP White Anglo-Saxon Protestantの総称。1950年頃をピークにアメリカ社会で起きた差別用語。