[記事] パラリンピック

「おかえり!」リンゴと迎えたロンドンパラリンピック2012

満員のオリンピックスタジアムには各国の旗がひらめく。(写真:矢萩邦彦/studioAFTERMODE)

「シャリッ!」

 カウントダウンと同時に会場に響いたのは、観客のリンゴをかじる音だ。オリンピックスタジアムがリンゴの形に赤く光る。随所にリンゴをモチーフにした演出で、ロンドンパラリンピックは幕を開けた。ほぼ満席となった会場は、開会前からウェーブが行き交っていた。

 ロンドンと言えばビートルズを思い出す。宿舎からオリンピックスタジアムまでは、あのアビーロードを通る。リンゴを配っているお兄ちゃんに「写真撮ってないでちゃんとカウントダウンに合わせてかじってくれよ!」と念を押された。思わず何のことだか分からずに、分かったと約束してしまったが、カウントダウンが始まってから「ああ、こういうことだったのか」と分かり、慌てて左手にリンゴ、右手にカメラを構えてその瞬間を迎えた。

セレモニーでは随所でリンゴが舞い、ガリレオとニュートンを彷彿とさせる。かじったのは智慧の木の実か。(写真:矢萩邦彦/studioAFTERMODE)

 「食べる」という行為は共有しやすい。少なくともパラリンピックに関わるほとんどすべての人が共有できる体験だろう。僕がリンゴを手に取ったら、隣のメディア席にいた記者も、なんだかじるのか、というような目をしてリンゴを持った。それまでは「すみません、ちょっと後ろを通るので」などという機械的な挨拶だけだったのが、リンゴをかじった後、目が合ってお互い笑顔になった。そういう空気が、世界を変えていける、と思わせてくれた。誰も触れたわけではないが、確かにレノンの気配を感じた瞬間だった。

 ロンドンに着いて一番気になったのが、街の落ち着きようだ。お祭りムードではない。ラッシュ時の地下鉄での人々の早足は日本以上で、道を間違えると逆流するのが大変だ。先進国の都市部特有の忙しなさや余裕のなさというのがあるのかもしれない。やはり「ロンドン2012」はオリンピック閉幕と共に終わってしまったのか、とがっかりしていたがそれは杞憂に終わった。満員のオリンピックスタジアムは各国の歓声が響き、とりわけ開催国イギリス国民の関心の高さは音量で分かる。トラファルガー広場に設置されたパブリックヴューイングにも沢山の人が集っていた。

画面を見つめるトラファルガー広場に集まった人々。(写真:笠原正嗣/studioAFTERMODE)

「ここにいるパラリンピアの皆さんは、ロンドンでメダルを取る可能性だけでなく、社会を変える可能性を持っているのです」。

 IPC代表フィリップ・クレーブン氏の言葉に会場全体が湧く。同じく登壇したセバスチャン・コー氏はロンドンで始まり、今回2度目のパラリンピックを「おかえりなさい!」と迎えた。

 1948年7月、ロンドン郊外にあったストーク・マンデビル病院内で退役軍人16名の車いす患者によるアーチェリー大会を開催したことから、パラリンピックの原点はロンドンといわれる。ちなみにパラリンピックという呼称は日本発であるという。ロンドン市民のパラリンピックに対する思いの強さは、歓声からも伝わってくる。自国で始まった国際大会に対する誇りもあるのだろう。今大会の参加国・地域は実に166に上った。

入場する日本選手団。旗手を務めるのは水泳の木村敬一選手。(写真:矢萩邦彦/studioAFTERMODE)

 日本選手団が入場するや、会場の応援団が立ち上がった。旗手を務める木村敬一さん(21)は水泳で5種目に出場予定だ。ガイド役は同じく水泳選手の山田拓朗さん(21)。笑顔で手を振る日本選手達は、国際舞台で堂々としていながらも謙虚さが見えた。

 パラリンピックは、「障害」に焦点が当たりがちだが、選手の中には「スポーツ」として勝利や記録に挑む選手も多い。明日から始まる競技のなかで、どちらか片方ではなく両方の視点が育ち、優しくて強いしなやかな平和とスポーツの祭典になっていくことを願う。

空中を縦横に使ったファンタスティックな演出のセレモニー。(写真:矢萩邦彦/studioAFTERMODE)

 イギリス選手団が入場すると、大喝采がごうごうと響き、空が埋まるほどの紙吹雪が舞いセレモニーはクライマックスを迎えた。障害を持つ人々が華麗に宙を舞うと、会場は不思議な空気に包まれ、その美しさに息を呑む観客や記者の姿も。巨大なリンゴが上空へ登り、エリザベス女王の掛け声で花火が上がると、23時を過ぎて冷え込んでいた会場は一気に盛り上がった。

 セレモニー終了後、木村選手は「パラリンピックは2回目だが、今回は旗手として、さらに、パラリンピックの意味や大きさを理解した上で参加したので、会場から伝わる熱気や声援に大変興奮した。この気持ちをそのまま競技につなげていきたい」と語った。各選手それぞれの活躍に期待したい。

選手と観客が一体となって深夜まで盛り上がった。(写真:矢萩邦彦/studioAFTERMODE)